要 約
中国が改革開放路線に転換するとともに、日本企業の対中企業進出が始まった。とくに、
90 年代には急速に増加した。この論説では、日本企業の対中国進出の進化を概説し、その特徴について考察する。
日本の対中直接投資は明治時代に始まり、とくに、日清戦争後から戦間期にかけて次第に拡大した。太平洋戦争の敗北によって日本の海外資産は失われた。中華人民共和国成立後、資本主義国との経済交流はとだえたが、
1978 年、ケ小平による改革開放路線によって新しい時代が始まった。世界的にも「外国企業の進出=帝国主義」というドグマはすでに退潮していた。1989
年の天安門事件によって、中国の改革開放路線の継続に海外から懸念がもたれた。しかし、ケ小平は「南巡講話」などによって、改革開放路線を主張し続け、政治的な主導権を維持した。その結果、
1993 年頃から外国からの企業進出が急増した。 1997 年のアジア通貨危機の余波を受けて、中国への企業進出は一時的に伸び悩むが、その後、現在にいたるまで、日本を含む世界各国からの中国への企業進出は活発に続いている。
日本の対中企業進出の動機と特徴について検討する。進出形態については、合弁企業が比較的に多い。進出先地域については、沿岸部あるいは長江下流に集中している。進出業種については、繊維、電機、機械への直接投資が多い。中国の産業構造は、豊富な労働力に依存する産業と資本と技術によって競争力を強めつつある産業によって構成されている。この、双軌制は、外国企業の進出動機や業種にも反映されている。
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